2005年09月27日

クロラ。 pt.17 "Something Ubiquitous. Vol.3"

"クロラ"とは"Crawler(s)"の音。森博嗣さんの小説タイトルより。


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霧。
動きがすごく早くて、ちょっと目を離すと辺りの風景が一変してしまう感じ。

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ミクラクロヒカゲ。
固有名がついた動植物が多数見られるのも、島という自然条件ならではだね。

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御蔵島 034.jpg

里。
本当に小さくて、でもその分、時間と空間と関係の濃度が高い気がする。透明感は保ったまま。

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帰りの空。
切なさ三倍増しでした。この後波は高まり空も曇り始め、夕陽を見ることはできませんでした。

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島。
次に同じ光景を目にするのもきっとそう遠くない気がする。
そのときもきっと同じような光景で迎えてくれる気がする。

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ハッピーエンディング。
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クロラ。 pt.16 "Something Ubiquitous. Vol.2"

改めて見ていたら、ホントに素敵なとこだなぁと思ったよ。

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タンテイロの森。
光も音をたてるんじゃないかと思ったのは、きっとこれを見たとき。

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オオミズナギドリの巣。
漢字で書くと大水薙(凪)鳥なんだそうです。かっこいい。うまく土を掘るもんだね。

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シイの巨樹。
これでも小さいほうなんです。でかいのはカメラに納まり切らない程。

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港。
桟橋が賑わうのは一日二回、フェリーが東京から来るときと、東京へ帰るときだそうです。

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夕陽。
黄昏(タソガレ)とは日が落ちて人の区別がつかなくなる頃のことで、
もともとは「誰ぞ彼は」という意味からきているそうですよ。

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行きたくなったけど一人じゃちょっとって人は是非。ご一緒しましょう。
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クロラ。 pt.15 "Something Ubiquitous. Vol.1"

携帯からご覧になってる方、すみません。一部見れないやも。

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朝陽。
船上から。4時30分くらいから張ってたのに、気がついたら輪郭を見せていました。

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イルカ。
カメラが水中対応ではないので、もらった絵葉書を撮りました。ずるい。

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灯台。
でも照らしてなかったような。桟橋の先っちょにあって、赤くてかわいい。

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朝陽。
桟橋からだと、ちょうど島から日が昇るように見えます。あまり天気が良くないね。

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峠から。
空と海と山が全部あって、いいなと思う。直径5km程の島だからこそ可能なのかも。

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何種類かのカメラで撮っているので、サイズや画質がばらばらでどうもすんません。
写真撮るのうまくなりたいなー。あと水中カメラ(またはハウジング)欲しい。
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2005年09月25日

クロラ。 pt.14 "Life Is Beautiful. Vol.2"

台風が近づいていることもあってか船上からの夕日を見ることのできなかった僕らは、船内の食堂に向かいました。そこで起こった不思議な出会いのお話です。

三宅から乗ったお客さんも合流した船内は、やや混雑の様相を呈していました。食堂には、僕らの席の隣に一人のおばさんが座り、その向こう側ではおじさんたちが酒盛りをしていました。不意に隣のおばさんが話しかけてきました。はじめは酔っ払ったおばさんが絡んできたのかと思いましたが、腹ペコだった僕らは、おばさんが出してくれたブドウや三宅特産のタケノコ料理をおいしく頂きながら、おばさんの話を聞くこととなったのです。おばさんの方も僕らのことを気に入ってくれた様子で、しきりに「嬉しいわぁ」を連発しながら、人相から僕らの性格や相性を判断し、また今から会いに行くという自分の子供への厳しい、しかし端から聞いている分にはとても愛のこもった話を、なんと東京に着くまで聞かせてくれたのです。途中お酒を頂いたり、三宅と四国でしか取れないカニを頂いたりしながら、恐縮している僕らに自分の住所を伝え、名残惜しそうに去って行きました。「今度三宅に来るときは、連絡頂戴、うちに泊めるから」とまで言って頂けた僕らは、何をそんなに気に入ってもらえたのか良くわかりませんでしたが、親元を離れて暮らしている僕が同じように親元を離れて暮らしている子を持つ親を、何の先入観も無く見、親の立場の話を聞くことのできた、とても良い時間でした。

今ここに自分が存在することは、多くの要素によって成り立っているものだと思います。それらは、親であったり、自分の決断であったり、恩師であったり、友人であったり、出会ったたくさんの人です。旅に出るとより鮮明に浮かんで来やすいそれらとの繋がりを、日常生活の中でもしっかり認識し感謝することを思い出させてくれたように思います。

ありがとうという言葉は、「有り難い」つまり「存在が稀である」という意味からきているといいます。存在が稀であるということは、それが非日常的であるということを意味しています。旅という非日常はそれ自体が既に、とても有り難いことなのでしょう。そして非日常が非日常であり得るのは、日常があるからこそ。その意味で日常生活の有り難さを感じながら、これからも生きていきたいです。そしていつの日か、海が島と僕らを隔てずに繋いだように、日常と非日常を隔てずに繋げて生きていけたらいいなと思います。

有難う。
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クロラ。 pt.13 "Life Is Beautiful. Vol.1"

帰りの船の中、切なさを逃がすことができなかった僕は、デッキで一人海を眺めていたのです。その時に起こった、嘘のような本当のお話です。

オオミズナギドリの群れが水面すれすれを飛ぶ光景を過ぎ、いまだに噴火の傷跡が色濃く残る三宅島を過ぎ、周囲に陸地が見えなくなった頃、僕の視界の中で、何かが飛びました。黒く三角の尾びれ、ゴムのようにつるりとした感じ。そう、イルカです。イルカは数頭の群れでいる様子で、その後も何度かジャンプする姿を目にすることができました。ぼんやりとしていた僕の切なさが生み出した幻覚ではないかと、文字通り目を疑った僕は、同じくデッキから海を見ていた見も知らぬお客さんに「今のイルカっすよね」と尋ねたのです。そのお客さんもとても興奮した様子で、「良かった。君も見えたんだ。幻じゃなかった」と話してくれました。同じように思っていたことに苦笑しながら海に目を戻すと、やはり船の速度のほうが速いようで、イルカの群れは徐々に大海原の中に姿を消していきました。イルカを見に行った僕らを、イルカが最後に見送ってくれたような気がして、とても嬉しかったです。また会いに行っても、きっと会える気がします。

今回の旅の途中、出会ったイルカや、森や、人々が皆、強い引力を持っていました。また会いたいなと感じさせる、魅力と言い換えても間違いありません。僕もそんな、強い引力を持ちたいなと思いました。たくさんの偶然に助けられた旅でした。天気が良かったことやイルカと無事出会えたことはもちろん、民宿の予約もガイドさんの予約も、ギリギリだったようです。そんな幸運な偶然を、これからもぐいぐいと引き寄せながら生きたい。そう努力すればいいのかはまだ良くわからないけれど、少し偶然の端っこが見えたときに、それを逃さないようにする感覚は、いつも鋭くしていたいなと思います。
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クロラ。 pt.12 “Goodbyes To The Island And Lifestyles.

出会った色んな人に「有難う」と「きっとまた来ます」と告げ、お別れを。港でフェリーを待つ間、船揚場で足を海に浸す。この海が東京湾にも、世界中の色んな海にも繋がっているなんて、まだ実感できないけど。宿のシャイなお母さんに見送られながら、僕らも手を振りながら、船は港を出てしまう。今飛び込んだらまだ泳いで島に戻れるんじゃないかとか、そんなことを考えているうちにあっという間に島は霞んでいった。島の人は淡々と、今までの暮らしを繰り返すに違いない。

島人、海人、山人、そして海豚人、様々な自然があるように、様々な人がいる。それぞれにはそれぞれの、独自の時間が流れているように思う。出会った多くの人は島生まれの島育ちで、島の自然の恩恵の元で生きてきた人。民宿で夏季のみのアルバイトをしていた人は、東京へ帰ったら就職活動をするという。キャリアウーマンになってリッチになって、またこの島を満喫しに来る計画のようだ。この島でのバイトのことは”遊び”と割り切っていた。そのくせ泳ぎはめちゃめちゃうまかった。ダイビングショップのツアーガイドをしていた人は、今シーズンが終わったらオーストラリアへ旅立つという。イルカ好きが高じて、世界のイルカと泳げるような生き方をするのだそうだ。好きなことを追いかけて生きるのもかっこいいし、変化に富んではいなくとも一つのものを守り通しながら生きていくのもいいだろう。

様々な生き方があっていいと思う。不安定かもしれないけど、自分が守りたいと思うものを守っていけるなら、それを幸せと呼べるなら。自分はどんな生き方を選択していくのだろう。これからが、とても楽しみだ。
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クロラ。 pt.11 "Lunch And Souvenirs."

滞在四日目、この日が最終日。フェリーが出るのはお昼なので、それまで里をぶらりぶらりと散歩する。初日に飲み会をしその後幾度となく海や夕陽を見に行った公園でのんびりしたり、商店や民宿を巡ってお土産を探したり、お世話になった人のところへ挨拶に行ったり。それらの全てをしても二時間程で足りてしまうという里の小ささが、改めて、身をもって感じられる。お昼は前日・前々日とお世話になったガイドさんの家族が営む飲食店(里に二軒しかないうちの片方)へ。メニューが二つしかないこのお店だが、日替わり定食で島の郷土料理を頂けるのが嬉しい。

御蔵島にはお土産がない。ツゲ細工が唯一といえるくらいだが、僕らには高くて買えない。魚を釣って帰るわけにも、ましてやイルカに乗って帰るわけにもいかない。僕は滅多にお土産を買わない人間なので気にならなかったが、たいていの人はお土産に悩むという。ガイドさんのお店では、そんな観光客の悩みに答えるべく、伊豆諸島で採れる「あしたば」という植物を使ったお菓子を商品化していた。決して儲けを狙ってはいないという。材料を野生のものに頼るため、またフリーのガイドという立場もあり、まさにボランティア感覚で作っているそうなのだが、それでも島に来た人が楽しそうな顔をし、島のことを好きになって帰ってくれるのが嬉しいのだという。僕らがこの場にいて楽しむことができているのは、本当に色んな人のそんな思いがあるからこそなんだと、そう思った。
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クロラ。 pt.10 "Mountain In The Wind And Lifted Fog."

三日目、同じ宿の人からも驚かれる程に山好きな僕らは、この島の最高峰、御山(オヤマ)へと向かう。御蔵島に来る人はほとんどがイルカ目当てであり、夏の山に入る人は珍しいのだそうだ。海に入るには寒い冬の間は、富士山を臨めるほど空気が済むこともあり中高年を中心に山に来る人もいるらしいが、若い人はそれでも稀とのこと。そんなあれこれを教えてくれたこの日のガイドさんも、前日と同じ方。本当に良くして頂いた。前日よりやや雲がかかったこの日は、標高を上げていくにつれて霧が濃くなっていく。「気長に晴れるのを待とうか」と出発し、一時間ほどハイクアップ。稜線を縦走するコース設定のため、晴れたときの景色は壮観とのこと、時折吹く風が霧を飛ばして海を覗かせる。御代ヶ池という山腹の小さな湖を見ることのできるポイントに到達した時も、未だ視界の多くは霧の中。しかし不思議に幸運な僕らはここでも、うまく御代ヶ池に出会うことができた。本当に僅かな間だけ、霧の切れ間からの景色が広がる。小さなチャンスをものにできた感動が、光景の美しさを増す。山頂でもうまく晴れ間が広がり、その後は日差しの中を歩く。その後黒崎高尾という縦走のゴール地点にある、地上500mの切り立った崖にある展望台へ。心地よい疲労感が体を包んでいた。

山は大半の部分が背の低い竹に覆われており、一見すると草原のよう。風で竹が揺れる様子から、風の形がなんとなく伝わってくる。標高900mにも満たない(正確には標高851m)山ではあるが、日陰を舞うミクラクロヒカゲ(蝶)やケモノのような鳴き声のカラスバト(鳩。タンテイロの森に一人では入り、この声を聞いた人は走って逃げて来たそうです)など、多くの生き物を感じることができる、とても美しく、楽しく歩ける山。御蔵島は単独峰ではないため、いくつかのピークを越えることになる。標高が何度となく変わる中で、雲が生まれる瞬間、雲が消える瞬間を目にすると、時は絶えず流れ、万物は流転するということを体感している気分になる。霧の中を歩んでいると、水という恵みを文字通り肌で感じられる。500mの断崖の真上から海を臨むと、地球が丸くあらゆる地点がスタート地点になり得るということを、なんとなく実感できるような気がする。
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クロラ。 pt.9 "Primeval Forests And Slowlives."

二日目の午後は、ガイド無しでも行ける”タンテイロの森”へ。里から徒歩十分ほどの距離にもかかわらず、舗装された道から400m程歩くだけにもかかわらず、この森にはシイの巨樹が群生している。どこかから小鳥のさえずりや虫の声が聴こえる。風が通る音の中に、木々の葉が触れる音や、波音も微かに届く。木漏れ日すら音を放つような気がする。ここの自然とは決して無音ではなく、騒々しいもの。色彩も、本当に多様。光景は僅かずつでもくるりくるりと表情を変える。時にはこういう場所で、孤独を感じてみるのもいいのかもしれない。人に疲れた時、街に疲れた時、速さに疲れた時、昔から変わらずそこにあるものたちに囲まれると、あるべきスタンスやペースを見つけられるかもしれない。

海豚人(ウミトンチュ)という言葉に出会った。イルカと共に生きてきたこの島の人々を指す言葉だそうだ。この島に住む人たちは、自然と共に生きる術を、長い年月の中で編み出してきているように思えた。宿の人は、にこやかな営業はしない。愛想も振りまかない。シャイなぐらいだ。それがまた可愛いのだが、過剰な営業が結果的には自然に、ひいては自分たちの生活に負担をかけるてしまうことを、どこかで知っているのではないだろうか。ガイドさんの言葉の節々にも自然への敬意と諦念が表れていたし、商店のおばさんの口から環境系の講義で聞くような話を聞けたことも、この島の人々が自然に依拠して生きているということ、自分たちが拠って立つものに敬意を表するのは当然であるという、自然界の話だけではない、生きるうえでの前提のようなものを、改めて提示してくれたように思う。
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クロラ。 pt.8 "Great Trees And Nature Guides."

二日目。この日はシイの巨樹郡が生育する、島南東部の南郷という地区へ。前もって予約しておいたガイドさんは、実は一日目に道端で話しかけてくれた気のいいおじさんだった。ガイドさんを入れて七人のパーティは、一時間ほど車に揺られハイキングコースの入り口へ。ガイドさんは生まれも育ちも御蔵島で、さすがと言うか当然の如くと言うか、動植物の種類や生育から村の歴史に至るまで、話は尽きなかった。ハイクした道々には、オオミズナギドリの巣穴を見つけることができた。オオミズナギドリは土の中に巣を掘り、崖や木のてっぺんから海に向かって飛び降りるのだという。周囲の木々には鳥が登るときにつけた爪あとが残っていた。30分ばかり歩くうちに、日本一大きなシイの木についた。木なのか、何なのか、という感じだ。見た目は確実に木なのだが、その大きさゆえにどうにも木であるという実感がわかない。屋久杉を見たときにも感じたことだったが、それ自体は確実に大自然の一部なのに、日頃目にしている木々から比べるとあまりにも不自然な大きさなのだ。ある意味暴力的なほどの、自然。

御蔵島の森や山は、一部のルートを除いて立ち入りにガイドを必要とする。これは東京都のエコツーリズム地域指定を受け、不用意に歩いて遭難したり、動植物を傷つけないようにするためだ。またこれに関連して、一日の入山者数は50人、ガイド一人につき入山者数は7人に制限される。こうした環境保全の取り組みと観光産業がうまくバランスを保って成立できるなら、とても素晴らしいことだと思う。
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クロラ。 pt.7 "Liquors And Birds Without Stars."

幸運なことに僕たちが泊めてもらった宿では、僕らが行った日にお客さんの大半が入れ替わったようだった。つまり、僕らと同じ日に島に来た人が多かったのだ。同じ日に宿をとり、同じ船で同じイルカを見たということもあって、夜は近くの公園で酒盛りをする流れとなった。月が照らす中、話は弾んだ。三宅島の噴火の影響を調べに来ていた男性二人組はイルカの存在を知らない様子で、翌朝の船で八丈島に渡る予定だったが、みなの強い勧めで延泊しイルカとしっかり泳いでいった。宿泊代などは経費で落とせるらしい。うらやましい。旅は出会いとはよく言われることだが、実際そのとおりだと思う。出会いの無い旅なんて無意味とまでは言わないが、見知らぬヒトやモノやコトやシゼンに出会い、別に見聞が広がらなくてもいい、ポジティブな思いばかりでなくてもいい、何か感じることがあったのなら、その旅はきっと大成功だ。

飲み会後、星を見にヘリポート(関係者以外立ち入り禁止だが、こっそりなら平気)へ行ったのだが、月が明る過ぎて思ったほど見えなかった。天気には恵まれることが多いけど、月の満ち欠けばかりはどうしようもないようで、しばらくヘリポートに寝転んで空を見上げた。巣に帰るのか、オオミズナギドリがたまに月を横切る。こういう一瞬一瞬が、本当にかけがえの無いものだと、ゆっくりした時間だからこそ改めて感じられる。いつになっても空を見上げて生きていたいと思った。
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クロラ。 pt.6 "Dolphins And Power Balance."

イルカの群れを探して数度ポイントを変え、最後に出会ったイルカの群れには、母子連れのイルカが目立った。イルカの表情も、優しそうに見えた。大袈裟かもしれないが、命の力強さを感じた。イルカはイルカ独自の引力を持っている気がして、ふと我に帰るとイルカと一緒に船からだいぶ離れてしまっていることも多かった。イルカと泳いでいる嬉しさの余り水中で一人笑いをこらえきれず、シュノーケルから水が入ってきてしまうことも、多々あった。この旅が終わっても決して色褪せることの無い、鮮明で躍動感溢れる、イルカたちだった。

なぜこの御蔵島にイルカが住み着いたのか、説は少なからずあるようだが、有力とされる原因はやはり黒潮のようだ。黒潮が運ぶ豊富なプランクトン、それに群がる魚たち、それらを追ってイルカたちもこの島に来たのだという。また島の巨樹やオオミズナギドリという水鳥の存在も、イルカの存在には欠かせないそうだ。巨樹の下で多くの木々が葉を落とし、天然の腐葉土を作る。また森の中に巣を作る水鳥であるオオミズナギドリは、海洋のプランクトンを多く含んだ糞を巣の近くの土に落とす。これらの栄養分が豊富な雨によって流されまた地中に滲みこみ、崖から滝となって海に栄養を供給するのだ。気候がもし異なり漁業が主要産業になってしまっていたら、また成長の非常に遅いツゲの木以外を頻繁に伐採するような林業が生まれていたら、イルカはこの海にはいなかったのだろう。いくつもの絶妙なバランスが見え隠れし、それがまた楽しい。
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クロラ。 pt.5 "Dolphins And Echoes."

一日目の午後、早速イルカに会いに行く。大半の宿が船を所有しており、イルカ目当てで来た観光客のために船を出してくれるのだ。この日は、民宿のお父さんをして一年に何日あるかと言わしめる程の凪。周囲16kmの小さな島を船が一周する間に、ほぼ100%イルカに出会えるという。「いた!」 誰かが叫んだ。声の主が誰だったのか追及しなくて済むほどに、圧倒的に、あるいは自然に、イルカはそこにいた。数十頭程の群れで泳いでいるように見える。船頭さんの合図で海に入る。泳ぎには多少自信があったが、当たり前のようにイルカはあっという間に脇を抜き去っていく。その、イルカの鼓動が感じられるような距離感がたまらない。対象物との距離やその形を判断するためにイルカが使うエコロケーションという能力が発する、キュウという音があちこちから聴こえる。その方向にイルカを見られるのではと思って急いで振り向くのだが、もうそこにはイルカの姿は無い。そんなことが何度となく続く。

船を操舵する民宿のお父さんに、イルカと泳ぐコツを聞いたときの言葉が印象的だった。
「さぁねぇ、何だろうねぇ。いるか任せだからねぇ。」

島の人は、イルカはそこにいるものだという。特に珍しいものでもなく、生まれたときから共に育ってきた存在。そこにいて当たり前の存在。僕らは必死でイルカを追おうとするけれど、もちろんイルカの速度には勝てない。イルカと泳ぐということは、彼らが戯れるその場所に、僕らもいるということなのだと思う。そんな、海に解けこむ感覚。
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クロラ。 pt.4 "Sunshine And Goodmorning To The Island."

朝6時、船から桟橋に降り立つと、予約した民宿の方が迎えに来てくれていた。この日の入島者は40人前後か。連休の初めなどに比べるといくらか少ない様子だが、イルカのシーズンは平日でも毎日これくらいの人数が出入りするようだ。朝食を用意していなかったため、島に二軒(農協を含めると三軒)しかない商店が空くのを待つことに。その間里を散歩。端から端まで歩くのに20分もあれば十分であろう村落は、至るところが坂道になっており、断崖を切り拓いて作ったことが想像に難くない。時間の経過と共に日差しが強くなる。旅に来た気分がそう感じさせるのか、緯度は福岡と同じ位とのことだが、都内よりも日差しがはるかに強いように思った。

激しい波の影響で、島を囲む海岸線は全て断崖絶壁である。当然入り江や浜は無く、港から急坂を登ったところに300人/約100戸に満たない島民が住む里が、島内一箇所だけある。船から見た島は「お椀型」と形容するのが相応しく、初めてこの島に来た人々がどのように道を切り拓いたのか、不思議でならない。島を昔から支えてきた産業は林業であり、印鑑や将棋の駒などに使われるツゲという硬質の木が豊富に自生している。黒潮の通り道にあるため周辺海域には海の幸が豊富だが、台風をはじめとする厳しい自然条件のため漁業が島の主要産業になることはなかったという。
posted by ぶん at 04:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 御蔵島日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クロラ。 pt.3 "Departure and Sailing Time."

行き先を決めた後の日々はあっという間に流れ、出発の夜。お互いにバイトと仕事を終えた後の出発ではあったが、スタート時点にして既に昂ぶった気持ちを抑えることができない。ふと考えると、乗る船はキャンドルナイトの夜に竹芝桟橋から見送った船なのだ。あの時は、自分たちが乗ることになるとは露ほどしか考えていなかった。あの時のように桟橋から見送る人が、今度はまたこの船に乗り旅立つのだろうか。奇妙な既視感を覚えながら乗り込んだフェリーの後ろに流れていく東京湾の夜景の煌びやかさは、これから訪れるであろう非日常との乖離を、より深く感じさせた。

御蔵島とは東京から南へ約200km、伊豆諸島の中では三宅島の南約20kmに位置する島であり、竹芝桟橋からはおよそ7時間半の船旅となる。台風が来るときや冬の時化が激しいときを除けば、それほどアクセスが悪いわけではなく、ここ数年はイルカウォッチングを目的にしたツアーも数多く組まれ観光客の数も増え続けているという。イルカウォッチングの季節は4月から10月で、その間船が出さえすれば(つまり海が荒れなければ)確実にイルカに会える、まさにイルカの住む島なのである。なぜここにイルカが住み着いているのかは、また後ほど言及したい。住所は東京都御蔵島村であり、島の人はれっきとした都民なのだが、よく「東京へ行く」「東京から来る」という言葉を耳にする辺り、そんな意識は毛頭無いのだろう。ちなみに郵便物は東京都御蔵島村の次に番地抜きで名前を書いても届くのだそうだ。あだ名を書いても届くとか。本当かどうか今度試してみるつもりだ。
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クロラ。 pt.2 "Preparations And A Girlfriend."

日程と予算のほか、大きな懸案事項としてもう一つ頭にあったのは、共に行く人がいる、ということだ。今までの旅は全て一人旅であり、有り余る体力に任せて多少の無茶をしてきた場面も多々あった。短いスケジュールにたくさんのイベントを詰め込み、時には走りながら旅をしたこともあった。共に行く人がいるということは、ツアーでわがままが言えないのと同様、一人ならばできていた無茶ができなくなるということだ。だが、誤解を招かぬように書いておくが、一人で行きたかったという趣旨の話しではない。今年は、どういう心境の変化か、自分と共に旅をしてくれる人の存在をとても暖かく思った。同じ体験をし、多くの感動を共有できたら、なんて嬉しいんだろうと感じていた。

僕はあまり前もって準備をする人間ではない。こと旅に関しては特に、行き当たりばったりの楽しさ感じるため、地図も持たずに出かけることが多い。今回一緒に行ってくれた人は、僕が今お付き合いをさせてもらっている人なのだが、社会人という肩書きにもれず多忙な中で行き先について色々手配してくれていた。御蔵島に行くには、東京は竹芝桟橋から三宅島・御蔵島経由八丈島行きのフェリーが毎晩就航しており、アクセスは意外とし易いようであった。しかし島全体が国立公園に指定されているため島内での野宿やキャンプは禁止されており、民宿のキャパシティーを超える人数の入島は制限されるとのこと。すっかり野宿する気だった自分ひとりでは島に入ることすらできなかったと思うと、本当に恐ろしくまた有り難く、思わず苦笑いが浮かぶ。気分屋で思ったら即行動な自分と、堅実でマイペースを保つ彼女では、もしかしたらいいバランスが取れているのかもしれない。
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クロラ。 pt.1 "Decision And Destiny."

この夏はどこに行こうかと、夏の間中考えていた。良く行くアウトドアショップの三大看板である富士山・屋久島・尾瀬には、それぞれ一回ではあるけれど既に行っていたし、かといって海外に行くような余裕は無かった。国内に行き先を限定しても、訪れたいところはたくさんあった。沖縄をはじめとする南の島々、日本アルプス、白神、知床…。予算や日程など多くの要素をぼんやりと考え合わせながら、それでも旅が具体化することは無く、八月は過ぎ去って行った。

九月に入ってしまっていたが、日程もいよいよ定まった。四日間という決して長くはない旅の行き先を決めるために、僕たちはまず本屋に入った。行き先に関して今回の旅を共にする二人の間で共通していたのは、「どこか遠くに行きたい。なるべくなら自然に溢れた場所がいい。」ということだった。「遠く」という言葉から連想した伊豆・小笠原諸島のガイドブックを眺めていると、「御蔵島」という聞きなれない名前が目に付いた。イルカと巨樹の島だという。僕の心は既に決まった。イルカと泳ぎに、巨樹を抱きに、御蔵島へ行こう。
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